【顔画像】西鉄バスジャック事件の犯人と運転手のその後!谷口誠一の現在の行方

西鉄バスジャック事件の犯人の顔と谷口誠一のその後

2000年5月3日に起こった西鉄バスジャック事件

当時17歳だった犯人、谷口誠一の現在についてまとめました。

なぜこんな事件を起こしたの?今は何をしているの?

これを読めば事件の背景や事件当日の様子、その後の谷口誠一についてわかります。

仰天ニュース内に出演した畠山さん
この記事を読んでわかること
  • 犯行の動機、いじめや精神病院入院
  • 谷口誠一の逮捕後と現在
  • バスの運転手の現在
  • 西鉄バスジャック事件の概要

ぜひ最後まで読んでいってください!

目次

西鉄バスジャック事件の犯人|谷口誠一はどんな人だった?

  • 谷口誠一
  • 1983年3月生まれ
  • 佐賀県出身

父親はPTA活動にも参加する真面目なサラリーマン。

母親はフルタイムで働く保健師。

妹もいたんですよね。

中学でいじめを受け高校を中退

小さい時から小柄で運動が苦手だった谷口誠一は同級生からからかわれることが多かったのです。

周囲を見返したい一心で勉強に打ち込み、成績は優秀でした。

中学2年生では学年2位の成績をおさめるほど。

しかし中学3年生の時にいじめを受け不登校になります。

家では家族に暴力を振るっていました。

親は学校にいじめの相談をするも、学校側は認めず。

谷口誠一はクラスメイトの挑発により、高さ5mほどの場所から飛び降ります。

着地に失敗し、腰椎圧迫骨折、入院となりました。

現在とはいじめの捉え方も大きく違うよね

今だったらすぐ対処してくれそうなのに…

入院中、第2志望の佐賀県立致遠館高等学校を受験し合格。

成績優秀であった谷口誠一の第1希望の高校は県でトップレベルの佐賀西高校でした。

しかし、予期せぬ入院により、不本意な受験になってしまったのです。

致遠館高校入学後は「校風に合わない」といい、5月に中退しています。

通ったのはわずか9日間。

成績優秀であった谷口誠一は飛び降りがなければ第一志望に合格。

新たな環境で自分らしく過ごせたのかもしれません…。

2chにハマって精神病院へ入院

高校中退後、親にねだってパソコンを買ってもらった谷口誠一。

2ちゃんねるに熱中し始めます

自分が引きこもりであることを告白し、ネット上での人との繋がりを求めました。

当初はハンドルネーム「キャットキラー」で、その後は犯行予告にも使われた「ネオ麦茶」となっていました。

しかし、書き込みを妨害されたり、荒らされたりしてしまいます。

谷口誠一の思ったような反応を得ることはできなかったのです。

すると次第に攻撃的な投稿をするようになっていきます。

自分の書き込みに否定的な反応があると、すぐに感情的に反発。

度々他のユーザーと争いになっていました。

現実世界に自分の居場所を見失い、それをネット上で求めたが、満たされることはなかったのでしょう。

また、同時期に、家庭での暴力もひどくなり、飼い犬を叩いたりすることもあったとのこと。

それでも両親は気分転換にドライブに連れ出したり、谷口誠一に向き合う努力をしていました。

しかし、危険を感じた両親は、各所に相談。

事件の2ヶ月ほど前、2000年3月5日に医療保護入院させられたのです。

入院時、谷口誠一は激しく抵抗し、

「貴様ら、この恨みは絶対忘れないから覚えていろ!」

という言葉を吐いています。

この、

  • 「両親に無理やり入院させられた」ことも犯行の動機の1つです

医療保護入院は、入院を必要とする精神障害者で、自傷他害 のおそれはないが、任意入院を行う状態にない者を対象1として、 本人の同意がなくても、精神保健指定医の診察及び保護者の同意があれば2入院させることができる入院制度である

厚生労働省

実際に事件は起こしていないが、谷口誠一の同意はなく、危険を感じている両親の同意により精神病院に入院することになったのです。

保健師で医療福祉の知識があったお母さんだからこのような対処できたのではないでしょうか。

入院中の谷口誠一の様子は

礼儀正しく・しっかりしていた

といいます。

入院時の暴言からは考えられない変貌ぶりです。

「問題を起こすとずっと入院させられる」ということがわかっていたのでしょう。

そこで5月3日から、1泊2日の外泊許可をもらい、犯行に至ったのです。

谷口誠一の犯行当日の動き

犯行当日は、両親に「森林公園にサイクリングに行く」と言って外出。

近くのホームセンターで凶器となる牛刀を購入します。

犯行の直前、5月3日の12:18に2ちゃんねるに「ヒヒヒヒヒ」と書き込みをしています。

その後、事件が起こったバスに乗客として乗り込みました。

何も知らない父親は、偶然にも谷口誠一の妹をそのバスに乗せようと佐賀駅を訪れていたのです。

しかし切符を買っている最中にバスは発進。

バスを止めようと父親は運転手に向かって手を振ります。

しかし運転手は気づかなかったため、谷口誠一の妹はこのバスに乗らずに済んだのです。

当の少年は父親が来ていることに気づき、「バスジャック計画に気づかれ、それを止めるために追ってきたのではないか」と怪しみます。

妹が乗っていたらまた事態は大きく変わっていたのでしょう…

谷口誠一が犯行に及んだ動機は?

中学生の時に受けたいじめへの復讐、両親への反発です。

谷口誠一本人は、

  • 「目立ちたかった」
  • 「事件を起こして親を苦しめたかった」

と言っています。

当初は母校の中学校で無差別殺人事件を計画していました。

しかし、精神病院の外泊中(※後述)はゴールデンウィーク中で学校は休み。

代わりに、バスジャックをすることになったのです。

西鉄バスジャック事件後の犯人|谷口誠一と運転手のその後

出典 デイリー新潮

京都医療少年院への収容

逮捕後は谷口誠一に対して精神鑑定が行われました。

診断は解離性障害、後遺障害症状が確認されました。

また、精神分裂症の片鱗が見えていたといいます。

2000年9月に「解離性障害の治療が終わるまでは医療的な矯正施設への収容が相当」という理由で医療少年院への送致が決定されました。

翌月10月に京都医療少年院に収容されました。

収容期間は5年4ヶ月。

その間に更生プログラムを受けながら、被害者の1人山口由美子さんと面会をしています。

その時は深々と頭を下げ、謝罪しています。

そして2006年3月26日に本退院しました。

そのとき谷口誠一は23歳。

ちょうど社会人としてこれから、という時期だったのに…

退所後の行方

谷口誠一は2023年現在、40歳。

退所後の情報については公開されておらず、現状は何をしているかわからない状態です。

ただ、名前が挙がってこないことから、犯罪や重大な問題を起こしていないのでしょう。

無事に社会復帰しているとも言われています。

もしかしたら名前を変えたりしてひっそりと暮らしているのかもしれません。

西鉄バスジャック事件の犯人の家族は遺族への賠償を続けている

谷口誠一の両親は事件後から遺族に賠償金を支払つづけています。

母親は事件後間もなく周囲の目が気になり退職。

父親は2002年の春頃までサラリーマンとして働いています。

退職前は給与を、退職後は家を売り、そのお金で賠償金を支払っています。

「長男が殺人者になるという十字架を背負った両親は、“息子が大変なことをやってしまい、本当に申し訳ありませんでした”と、涙を流しながら被害者を訪ね歩きました」

デイリー新潮 

 そして、両親が被害者22人に対し、暫定的な賠償金を支払うことにしたのは、事件から約1年後の2001年4月のことだったという。

「その内訳は、死亡者が550万円で、重傷者2名合せて350万円、軽傷者を含む残りの被害者が1人当たり20万円から40万円でした。総額にして、1380万円にのぼりました」

デイリー新潮 

2018年頃の情報では、被害者へ遺族への賠償金として月1〜2万円払っています。

両親も定年しているので、社会復帰した谷口誠一本人が支払っていることも考えられるのではないでしょうか。

運転手のその後

事件となったバスの運転手はPTSD(心的外傷後ストレス障害)となりました。

PTSDとは

心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは、トラウマになる圧倒的な出来事(外傷的出来事)を経験した後に始まる、日常生活に支障をきたす強く不快な反応です。

MSDマニュアル家庭版

刃物を突きつけられ、殺傷場面を目の当たりにしたらそうなってしまうのは当然ですよね。

PTSDにより1年以上休職をして、運転手としては復帰しませんでした。

関連会社の事務職としてすでに定年しています。

西鉄バスジャック事件とは?事件を振り返る

2000年5月3日のお昼頃

当時17歳の少年、谷口誠一による犯行で、ショックキングなバスジャック事件となりました。

少年は刃渡30cmの牛刀を持っており、バスジャックは約15時間にも及んだのです。

死亡者1名、負傷者2名を出し、現在も注目される大きな事件の1つでしょう。

  • 西鉄高速バス乗っ取り事件
  • 佐賀バスジャック事件
  • ネオ麦茶事件(という別名でも言われます)

なぜ「ネオ麦茶事件」って言われるの?

実はこの事件、犯行予告が2ちゃんねるで行われていました。

そのハンドルネームが「ネオ麦茶」だったので、こう言われます。

事件は西日本鉄道の高速バス「わかくす号」で起こりました。

わかくさ号
12 : 56

佐賀第二合同庁舎発(佐賀県佐賀市)

わかくさ号
14 : 06

西鉄バスセンター到着予定(本来はこの時間に到着予定)

この1時間ちょっとの間に、17歳の谷口誠一がこんなに大きな事件を起こしたことは日本中の注目の的になりました。

【時系列】バスジャックの実際

わかくさ号
12 : 56

バスは佐賀第二合同庁舎を出発

わかくさ号
13 : 35

太宰府インターチェンジ付近で谷口誠一が運転手に牛刀を突きつける

牛刀を持った谷口誠一は、

「天神には行くな、このバスをのっとります」

「おまえたちの行き先は天神じゃない。地獄だ」

目的地の西鉄天神バスセンターではなく、九州自動車道を走行するように運転手を脅します。

そして、カーテンを閉めるように指示した後、乗客3人を切りつけました。

わかくさ号
14 : 47

門司IC付近で「トイレに行く」と言ってバスを降りた女性が非常電話で警察に通報

わかくさ号
15 : 45

谷口誠一自ら110番通報し、人質解放の代わりに拳銃と防弾チョッキを要求

その後、山口JCTから山陽自動車道をさらに進みます。

すると下松SA付近で警察車両に行く手を阻まれバスが減速。

そのタイミングで1人の乗客が身を乗り出し、警察により救助されますが、バスはさらに進んで行きます。

わかくさ号
17 : 24

広島県に入り、男性客を全員解放

わかくさ号
18 : 00

東広島市の奥屋PAで数時間停車

そこで警察との交渉が行われ、差し入れの代わりに負傷した3人の乗客を解放します。

しかし、うち1名はすでに失血死していました。

そこからさらにバスは次のSAまで進み…

わかくさ号
22 : 40

ようやくバスが停車

谷口誠一の両親も説得にあたるなどするも、朝までこう着状態が続きました。

わかくさ号
5 : 00(翌朝)

広島県警察が突入、谷口誠一は逮捕

早朝でしたが、この突入の様子はテレビで生中継され、日本中の注目を集めました。

まとめ|西鉄バスジャック事件の犯人のその後について

いかがでしたか?

日本に衝撃を与えた「西鉄バスジャック事件」。

事件の内容と逮捕後、現在のことをおわかりいただけたのではないでしょうか。

まとめ
  • 西鉄バスジャック事件は3人の死傷者を出した
  • 犯人の動機はいじめと家蔵への反感
  • 逮捕後は医療少年院に収容された
  • 現在は社会復帰している可能性が高い

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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